日本はスポーツをお金儲けの手段として認めない傾向が強いようですが、スポーツの発展にお金は欠かせません。スポーツをビジネスとして捉え直し収益を出すことでが選手も観客もスポーツを楽しめる環境が整うのです。
日本のプロ野球は十数年前までは慢性的な赤字体質で、球界が縮小する危機に追い込まれたことすらありました。お金のない球団は強くなれず、ファン離れを招いてしまいます。プロ野球を通じて、スポーツをビジネス化するメリットを再確認してみましょう。
ビジネスの成功は支出を極力抑え、収入を支出より少しでも多く上回ることが必須になります。かといって支出を抑えるあまり、事業拡大に必要な経費を出し惜しみすると将来的の収入源を獲得できず、事業の継続が難しくなります。
これはプロ野球チームの運営でも例外ではありません。プロ野球はどのように収入を得ているのでしょうか。日本で一、二の人気を争うプロ野球チーム読売ジャイアンツのwebを見てみると、主な収入源はチケットと放映権料です。
ジャイアンツの場合はこれら以外にもスポンサー企業からの協賛金、グッズ販売の売上金、ファンクラブの会員年会費、といった事業収益を得てチームを運営しています。
プロ野球チームの運営費用で一番金額が大きいのは人件費で、運営費用の約4割を占めるといわれています。
年俸のほかにもスタッフやコーチなど裏方の仕事をしてくれる人にも給与を支払わなくてはいけません。
そのほかにも興行経費、球場使用料、管理費などが必要になってきます。ちなみにジャイアンツのホームスタジアムである東京ドームはジャイアンツが所有しているわけではなく、使用料を払って試合を行っています。
プロ野球運営もビジネスですから、収入は運営費用だけでなく投資にも回されます。ジャイアンツの場合は観戦環境の改善によるファン獲得、野球振興事業による野球人口の拡大を投資と位置付けているようです。
野球人口を増やせば、それだけ将来有望な選手が多く輩出される可能性があり、野球ファンの獲得につながります。
プロ野球チームの決算書はチームによっては開示されていないことも多く、各チームの正確な資金力は不明です。が、選手の年俸などからある程度推測はできます。資金力が潤沢なのはソフトバンクと読売ジャイアンツです。
両者とも人気・実力ともにトップクラスの人気です。やはり豊富な資金があれば優秀な選手を引き抜くことができますし、チームも強くなりファンをふやすことができ、チケットやグッズの売り上げが増え、それを投資して新たなファンを獲得するという好循環が生まれるのです。
これに引き換え、どうも人気・実力ともにぱっとしないのが中日です。選手の年俸はセ・パ両チームの中でも最下位で、ソフトバンクの半分の金額にもなっていません。優勝からは何年も遠のいていて、ここ数年はBクラスに甘んじています。他にもオリックス、ロッテ、楽天が選手年俸が低く、勝率も低迷しています。
プロ野球チームのオーナーから運営を任されているのはGM(ゼネラル・マネージャー)です。お金を煮物をいわせて人気選手をかき集めればたしかに人気が上がり、収益をとれる確率も高くなりますが、どんなに人気のあるチームでも運営費には限りがあります。最小限の資金で最大の結果を出すことが求められる責任の重い仕事です。
プロ野球チームを運営するには、データを読み解き分析する力が必須です。GMはチームに選手育成のためにどれだけの資金が必要か根拠を明らかにしてオーナーを説得する必要があります。たとえお金のないチームでも絶対にゆずれない金額があるので相当な手腕が必要です。
野球の生まれた国、アメリカではGMは必ずしもプロ野球経験者がその地位に就くとはかぎりません。むしろ大学でスポーツビジネスについて学んだプロのビジネスマンが任命されることが多くあります。中でもオークランド・アスレチックスのGMビリー・ビーンは万年Bクラスだったチームを年間103勝できるチームに生まれ変わらせた伝説の人です。
彼の最大の功績は試合に「確率」をもちこんだことといわれています。
それまでの野球は攻守ともに優れた選手をスカウトし、スター選手を育てることが強いプロ野球チームをつくる常套手段とされてきました。しかしビリーは個人の資質に注目するより、打率や防御率を見てチームにふさわしい選手を選び、試合に出すことで勝利を収めることに成功し、アメリカの球界に革命をおこしたのです。
一方、日本のプロ野球チームは営業や球場の運営部門に異業種から人材を招くことは多くなってきましたが、中心的役割を担うのはプロ野球選手出身者が大半です。プロ野球選手としては優秀だったとしても、野球をビジネスという視点でとらえて運営できるかはまた別の話です。
日本のプロ野球の歴史は1934年に発足した「大日本東京野球倶楽部」から始まります。それ以前にもプロ野球チームは存在しましたが、戦争で一旦解散状態となったため、現在に直接つながるという意味では「大日本東京野球倶楽部」が現在のプロ野球チームの第一号とみたほうがいいでしょう。
発起人は読売新聞社社主正力松太郎でした。日本の野球はスポンサーが新聞社になっている例が多いのはこのことが影響しているようです。春の選抜と都市対抗野球は毎日新聞社、夏の高校野球は朝日新聞がスポンサーになっています。
それに続いて次々とプロ野球チームが発足し、現在のセ・パ2リーグ制が確立されました。興味深いのはこのとき発足した野球チームは鉄道会社が保有するチームが大半を占めましていたことです。しかし発足当初からプロ野球は野球で収益を得ていたチームはほぼ皆無でした。
唯一の例外はジャイアンツだけで、ほかのチームは万年赤字続きでした。
それが2000年代初めまで続いていたのが不思議です。赤字を垂れ流していたプロ野球はなぜこんなにも長い間存続することができたのでしょうか。
野球チームは例外なくバックに親会社がついています。親会社がチームの赤字を補填することでどうにか生きながらえてきた、というのが実情なのです。そんなことを続けて親会社が倒産しなかったのもまた不思議ですが、この状態を後押ししていたのが1954年8月10日の国税庁通達です。内容は球団の赤字を補填して場合は広告宣伝費として扱うというものでした。
プロ野球チームを保有するということは、宣伝の手段の一つになります。ニュースや新聞のマスコミはかならずスポーツの話題を取り上げますから、企業の名前を冠したプロ野球チームがマスコミに取り上げられるということは、いい宣伝になると考えられていたようです。
こうして親会社に依存することでプロ野球はなりたってきましたが、時代とともにプロスポーツも変化を余儀なくされます。日本が好景気で企業に収益がある間はプロ野球が赤字続きでも問題はありませんでした。しかし1990年代、バブルがはじけ、日本は出口の見えない不景気、いわゆる「失われた20年」に突入します。
親会社は以前のように稼げなくなり、プロ野球チームの赤字を補填するどころではなくなります。ここでプロ野球チームを収益の望める企業としてとらえなおすことができればよかったのですが、当時のプロ野球チームのオーナーには誰一人としてその発想がなかったようです。
新たなビジネスモデルを構築することなくプロ野球は赤字を垂れ流しつづけ、ついには2004年の「プロ野球再編問題」にまで発展していったのです。きっかけはオリックスと近鉄の合併構想が表面化したことでした。これは選手にもファンにも公表されることなく、両球団のオーナーと経営陣の間で取り決められたことで、選手会とファンから猛反発を受けます。
にもかかわらず、事態はプロ野球を1リーグ8球団制に縮小する寸前にまで進んでしまいます。これに怒った選手たちがプロ野球発足以来、初めてストライキをおこし試合が行われなかった時期もありました。
しかし、オーナー会社の変更や選手会と経営側の団体交渉、楽天の新規参入などを経てプロ野球の合併・縮小は回避されました。プロ野球界にとっては試練の時期でしたが、これをきっかけにプロ野球自体で黒字を目指す動きが出てきたのは大きな前進といえます。
とくに楽天が参入してきたことの影響は大きかったようです。楽天は球団を買い取るという従来の方法ではなく、まったく新しい球団を発足し、選手、監督を募集するという前代未聞のやり方で野球界に乗り込みます。そして驚いたことに楽天は初年度で球団黒字化に成功したのです。
パ・リーグは全体で年間40億円の赤字を垂れ流してきましたが、楽天が新しいビジネスモデルをしめしたことで球界全体が活気づきました。
その後ソフトバンクも加入し、ヤフオクドームを球団所有とし大幅なコストダウンに成功、さらにオフシーズンに様々なイベントにドームを貸し出し収益をえることで2012年に黒字化に成功しました。
このように日本のプロ野球がビジネスとして収益が出せるようになったのは、つい最近のことなのです。
今でもお金がないプロ野球チームは2、3存在しますが球界再編騒ぎに比べて、だいぶましになったことは言うまでもありません。
野球に限らずプロのスポーツチームはお金がないことを理由に後ろ向きな経営をしていたら、ますます経営破綻の危険が高くなってしまいます。お金がないからこそすべてを根本から変える発想が必要になってくるのです。